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一石橋の親柱とは

一石橋の親柱とは、東京都中央区の日本橋川に架かる一石橋のたもとに残る、大正時代の親柱(おやばしら)です。親柱とは、橋の四隅に立つ太い柱のこと。橋の名前や由緒を記す、いわば“橋の顔”にあたります。大正11年(1922年)に造られた花崗岩(かこうがん)の親柱が、中央区の文化財として今も大切に守られているのです。

大正生まれのコンクリート橋の名残

一石橋は大正11年(1922年)に、それまでの木の橋から鉄筋コンクリート造(外側は花崗岩張り)の二連アーチ橋へと生まれ変わりました。中央区によれば、これは都内でも最も古いタイプの鉄筋コンクリートアーチ橋のひとつとされています。橋そのものはその後も改修で姿を変えましたが、全高約1メートル30センチの重厚な親柱だけは、大正の橋の記憶をそのまま今に伝えているのです。

場所は八重洲一丁目11番先、一石橋のたもと。すぐそばには江戸時代の迷子しらせ石標も立っていて、橋の袂は時代の異なる文化財が肩を並べる、ちょっとした野外展示のような一角です。

日本橋トピック♪橋は架け替わっても、親柱だけが生き残る?

橋は傷んだり時代に合わなくなったりすると、何度でも架け替えられます。けれど、橋の四隅に立つ親柱は、その橋が確かにそこにあった証として、架け替えのあとも記念に残されることがあります。一石橋の親柱もそのひとつ。橋名や年代を刻んだ重厚な石の柱は、いわば橋の「卒業証書」のような存在です。街歩きで橋を渡るとき、たもとの古い柱に目を向けると、その橋が歩んできた時間が見えてきます。

一石橋の親柱に関するよくある質問

一石橋の親柱は誰でも見られますか?
屋外に立っているので、料金はかからず自由に見られます。日本橋川沿いを歩くついでに立ち寄れる場所です。
一石橋の親柱はいつ文化財になったのですか?
平成14年(2002年)に、中央区の区民有形文化財(建造物)として登録されました。

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