釜屋治左衛門とは
釜屋治左衛門とは、1659年(万治2年)に小網町三丁目で荷積問屋を始め、近江産の艾を江戸で売り始めた商人です。釜屋もぐさ本舗につながる初代で、中央区公式では「釜屋(富士)治左衛門」と記されています。
荷積問屋から艾の専門店へ
創業時から艾一筋だったのでしょうか。初代の店は、鍋釜・穀物・醤油などを扱いながら、近江の伊吹山から運んだ艾も販売しました。艾は、お灸で燃やす綿状の材料のこと。釜屋もぐさ本舗の公式沿革によれば、専門店になったのは三代目治左衛門からです。
旧小網町三丁目にあたる日本橋小網町6番1号では、釜屋もぐさ本舗が事業を受け継いでいます。店に伝わる釜屋もぐさの振売箱は、商品を背負って売り歩いた商いの形を伝える資料です。初代の創業と、後代が専門店へ育てた歩みを分けて捉えると、老舗の歴史が見えやすくなります。
日本橋トピック♪店先の大鉄釜は看板だけではなかった?
釜屋の大鉄釜は、店の目印に加えて、火事に備える天水桶として近隣の防火にも役立てられました。1835年(天保6年)に改鋳された釜の残欠には、創業年や商いの内容などを刻んだ35行195文字の銘文があります。中央区が「鋳鉄製の由緒書」と表現する、文字で読める商家資料といえるでしょう。
関連用語
釜屋治左衛門に関するよくある質問
- 初代の釜屋治左衛門と、1835年の大釜に由緒を刻ませた人は同じですか?
- 同じではありません。創業者は1659年の初代で、中央区の解説では、1835年の改鋳と銘文は6代目の釜屋治左衛門定意によるものです。

