上槙町とは
上槙町とは、現在の中央区八重洲一丁目・日本橋三丁目にあたる場所にあった旧町名です。「かみまきちょう」と読み、江戸から近代の日本橋に使われました。
「槙」の字に残る木材の記憶
『日本歴史地名大系』は、上槙町について、近くの榑正町と同じく槙木の置場だったと推定しています。名称から町の成り立ちを考えるときの、大事な手がかりでしょう。
現在地に置き換えると、東京駅八重洲口に近い八重洲一丁目から日本橋三丁目にかけての一帯です。現在の住所からは見えにくい、木材を扱った町の記憶。
日本橋トピック♪1849年の地図で上槙町を探せる
国立国会図書館が所蔵する、1849年(嘉永2年)の江戸切絵図。人文学オープンデータ共同利用センターの「江戸マップβ版」では、古地図上の上槙町と現在地を見比べられます。
関連用語
上槙町に関するよくある質問
- 上槙町の名は大正時代にも使われていましたか?
- はい。1912年(大正元年)の地籍台帳・地籍地図を収めた『中央区沿革図集』に上槙町が掲載されています。
- 上槙町は日本橋花街と関係がありますか?
- はい。中央区は、明治期に栄えた日本橋花街を構成した町の一つとして上槙町を挙げています。

