片岡家文書とは
片岡家文書とは、江戸城の警備などを担った旗本・片岡家に伝わる2点の古記録で、中央区登録の区民有形文化財です。日本橋人形町一丁目に屋敷を持った家の記録から、書院番と小姓組番の実務を知る手がかりになります。
将軍を警護した家の職務記録
中央区の文化財情報では、年代は元文4年(1739年)から寛延元年(1748年)で、2016年4月1日に登録されました。所在地は新富一丁目の郷土資料館。
1点は、片岡家三代目が江戸城西の丸書院番を務めた時期の廻状類を写した記録。もう1点の「諸心書」は、五代目と推定される人物が、小姓組番士の職務や心得を書き留めたもの。
書院番は江戸城内の警備や将軍外出時の随行、小姓組番は将軍の護衛や城門警備などを担いました。現在の日本橋人形町一丁目にあたる場所へ片岡家が拝領屋敷を持ったのは天保元年(1830年)以降で、文書の年代と屋敷の年代は別。
服部家文書や中村家文書などの商家資料とは異なり、武家の勤務を内側から伝える記録として読むと、片岡家文書の役割をつかみやすいでしょう。屋敷地の周辺史は、日本橋蛎殻町や蛎殻銀座跡へつなげてたどれます。
日本橋トピック♪回覧文書から漏れた用件も書き残した
三代目の記録は、約10年にわたる廻状の用件だけでなく、回覧された文面から漏れた事項も残す目的で作られました。正式な伝達を写すだけで終わらず、実務で必要な補足まで控えた記録です。
片岡家文書に関するよくある質問
- 片岡家文書は日本橋の商家が残した文書ですか?
- いいえ。江戸幕府に仕えた旗本・片岡家の職務記録です。書院番や小姓組番の勤務を伝える点で、問屋や店の経営を記した商家文書とは性格が異なります。
- 片岡家文書に出てくる「廻状」とは何ですか?
- 関係者が順番に回覧して用件を伝える文書です。片岡家の記録には、廻状を写した内容だけでなく、回覧文から漏れた事項も書き留められました。

