柴田真哉とは
柴田真哉とは、明治期に活動し、日本橋の老舗・榮太樓總本鋪に伝わる菓子製造工程の絵を手がけた画家です。柴田是真の次男にあたり、生没年は1858年から1895年です。父と同じく絵画と工芸に近い世界で仕事を残しました。
榮太樓の菓子づくりを一巻に描く
1885年(明治18年)、当時の榮太樓当主は、ロンドン・万国発明品博覧会へ出す菓子製造工程の解説画を柴田真哉に依頼しました。仲介したのは、日本橋の和紙舗・榛原です。
絵には、井戸水のそばで餡をつくる職人、金時大角豆を蜜煮する作業、求肥や梅ぼ志飴を仕上げる姿が描かれています。明治の菓子工場を、工程ごとに追える産業史料でもある一巻。
父の柴田是真と名前が似ていますが、二人は別の画家です。日本橋の商いを描いたこの作品では、真哉が作り手の手順まで細かく観察したことが分かるでしょう。
日本橋トピック♪菓子工場と郵便局を海外へ伝えた画家
柴田真哉が万国博覧会へ送ったのは、菓子の工程図だけだったのでしょうか。1884年には14枚組の「郵便取扱の図」も制作しました。郵便局内外の仕事を写生した絵はニューオーリンズ万国博覧会へ出品され、榮太樓の工程図と同じ時期に、日本の仕事場を海外へ紹介する役割を担った作品です。
関連用語
柴田真哉に関するよくある質問
- 柴田真哉と柴田是真は同じ人物ですか?
- 別人です。柴田真哉は、幕末から明治期に活躍した日本画家・漆芸家の柴田是真の次男です。
- 柴田真哉は何と読みますか?
- 「しばた しんさい」と読みます。文化遺産オンラインでも、この読みで登録されています。

