下柳原同朋町とは
下柳原同朋町とは、現在の中央区東日本橋二丁目にあたる場所にあった旧町名です。「しもやなぎはらどうぼうまち」と読み、神田川の南岸、柳橋に近い一帯にありました。
「同朋」に残る江戸の町の成り立ち
『日本歴史地名大系』が引く『東京府志料』によると、元禄年間(1688〜1704年)に幕府に仕えた表・奥坊主衆へ土地が与えられたといいます。「同朋」の名は、町の成立に関わった人々を伝える手がかり。
町は神田川沿いの柳原通り東端に位置しました。現在の住所では東日本橋二丁目にあたり、柳橋を目印にすると旧町の位置をつかみやすいでしょう。
日本橋トピック♪柳橋は「川口出口之橋」と呼ばれていた
『御府内備考』では、柳橋は1698年(元禄11年)に下柳原同朋町と対岸の浅草下平右衛門町を結ぶ橋として架けられました。当初の呼び名は「川口出口之橋」でした。
関連用語
下柳原同朋町に関するよくある質問
- 下柳原同朋町には別の表記もありましたか?
- はい。『日本歴史地名大系』は、古図に「坊主衆」や「童坊町」と記された例を紹介しています。
- 現在の柳橋は1698年に架けられた橋そのものですか?
- いいえ。中央区によると、現在の柳橋は1929年(昭和4年)に完成した鋼鉄アーチ橋です。

