末廣神社所蔵文書とは
末廣神社所蔵文書とは、日本橋人形町の末廣神社に伝わる19点の古文書で、中央区登録の区民有形文化財です。神社の由緒だけでなく、氏子町や祭礼の移り変わりを知る手がかりです。
神社と氏子町を伝える19点
中央区の文化財情報では、年代は延享5年(1748年)から大正15年(1926年)で、1992年4月1日に登録されました。所在地は日本橋人形町二丁目25番20号の末廣神社。
文書には「末廣稲荷由緒書」や「難波町裏河岸 末廣稲荷社取調書」のほか、許状、神社修復願書、境内絵図などが含まれます。明治期の神仏分離に伴う動きや、明治から大正期の祭礼に関する記録も残ります。
文書が伝える出来事は、資料自体の年代より古い時代にも及ぶ構成。元吉原の町々と末廣神社の関係をたどると、神社が地域の鎮守として受け継がれた経緯が見えてくるでしょう。
末廣神社や日本橋人形町の歴史を、建物や伝承だけでなく、書き残された地域の記憶から読むための資料。
日本橋トピック♪「末廣」の名と一枚の扇がつながる
中央区の解説では、社殿修復の際、畳んでも半開きに見える扇「中啓」が見つかり、先が広がる「末広」と社名が結びついたと伝えます。末廣神社公式も、中啓を御神宝として案内しています。
末廣神社所蔵文書に関するよくある質問
- 末廣神社所蔵文書には何が記されていますか?
- 神社の由緒、修復の願書、境内絵図、氏子町との関係、祭礼などです。近世から近代まで、神社と地域がどう関わったかを追えます。
- 古い由緒があるのに、文書の年代が1748年からなのはなぜですか?
- 1748年は文化財として登録された文書群の年代の始まりです。その文書には、さらに古い時代の神社や元吉原との関係も書き残されています。

