住吉町とは
住吉町とは、明暦3年(1657年)の大火で吉原が浅草へ移った後、元吉原の跡地に起立した町の一つとして中央区公式の文化財解説に出てくる旧町名です。この用語集では、日本橋人形町周辺の歴史文脈に限定して扱う語。
高砂町と並ぶ、移転後の氏子町
中央区公式の文化財解説は、吉原が浅草へ移転した後の跡地に難波町・高砂町・住吉町・新和泉町が起立したと説明しています。住吉町は、この移転後の町のまとまりを知るための名前。
同じ解説では、末廣神社がこれらの町を氏子として信仰を集めてきた経緯も確認できます。つまり住吉町は、町名の変化と信仰の継続を一緒に読むための旧町名でしょう。
日本橋トピック♪ありふれた名前でも、資料の中では役割が絞られる
住吉町という名前は各地にありそうですが、中央区公式資料の文脈では、元吉原跡地に起立した町の一つとして意味を持ちます。同名地名を広げて調べる前に、日本橋のどの資料で出てきたかを確認すると、別地域との混同を避けられるでしょう。
住吉町に関するよくある質問
- 住吉町はどこの住吉町ですか?
- この用語ページでは、中央区公式の「末廣神社所蔵文書」に出てくる、日本橋人形町周辺の元吉原跡地に関わる旧町名として扱います。別地域の住吉町とは切り分けて読む必要があります。
- 住吉町を読むときに注意したいことは?
- 同名の地名を広く調べて混ぜないことです。この用語集では、中央区公式資料に出てくる日本橋人形町周辺の旧町名として扱います。

