原胤昭関係文書とは
原胤昭関係文書とは、南町奉行所与力を務め、明治以降は社会事業に携わった原胤昭と原家に伝わる古文書群で、中央区登録の区民有形文化財です。江戸の町方行政・治安・司法を知る手掛かりが残ります。
283点に残る町奉行所関係者の記録
文書群は283点で、年代は明治期から昭和期。2010年4月1日に登録され、所在地は新富一丁目の郷土資料館。
内訳は、旧幕府時代の記録類を写した史料234点と、原胤昭が罫紙や用箋へ記した書き付け・原稿49点。234点は江戸時代の原本がそのまま残ったという意味ではなく、後世に内容を書き写した筆写史料です。
原胤昭は南町奉行所与力の家に生まれ、原家を継いで与力となり、石川島人足寄場の見廻りを担当しました。明治以降は教会や女学校の創立、教誨師、出獄人の保護事業などに携わっています。
筆写史料には、1889年に旧町奉行所の与力・同心らが結成した「南北会」で集めた記録も含まれます。服部家文書や中村家文書、末廣神社所蔵文書、椙森神社文書と行き来すると、商家・神社・町奉行所関係者という史料の持ち主の違いが見えてくるでしょう。原胤昭関係文書は、江戸の町を治める側の記憶へ近づける文書群です。
日本橋トピック♪行政文書に「狸の蕎麦喰い」も記された
筆写史料の朱書には、火事や地震、喧嘩などに加え、天狗、奇怪、妖怪髪きり、狸の蕎麦喰いといった表題も見えます。硬い制度の記録だけでなく、江戸で語られた異変や珍事まで拾い集めた資料なのです。
原胤昭関係文書に関するよくある質問
- 原胤昭関係文書は、すべて江戸時代の原本ですか?
- いいえ。旧幕府時代の記録類を明治期に書き写したとみられる史料234点と、原胤昭の書き付け・原稿49点で構成されます。内容の年代と、紙へ写された年代を分けて読む必要があります。
- 原胤昭関係文書から何が分かりますか?
- 江戸町方の行政、治安、司法、災害のほか、異変や珍事に関する記録も追えます。町奉行所関係者がどのような情報を残そうとしたかを知る手掛かりです。

