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用語 街・地名

堀留川とは

堀留川とは、日本橋本町日本橋堀留町付近で、日本橋川から町の内側へ入っていた西堀留川東堀留川の水路群を理解するための用語です。単独の現存河川として見るより、問屋街を支えた旧水路のまとまりとして押さえると分かりやすい入口。

2本の入堀が町の商いを支えた

中央区公式では、江戸橋から北西へ進んだ日本橋川の屈曲部に、江戸時代から関東大震災前の大正期まで2本の入堀が並んでいたと説明されています。西側が西堀留川、東側が東堀留川です。

この2本の入堀は、川景色のためだけにあったわけではありません。川岸には荷揚げ場が整えられ、日本橋堀留町の周辺には多くの問屋が集まりました。船で運んだ荷物を町の奥へ入れる仕組みが、商いの密度を高めていたと考えられます。

日本橋本町や日本橋堀留町を歩く時、川は見えにくくても、町名や道筋には旧水路の記憶が残ります。日本橋川、江戸橋、堀留町をつなげて読むと、水運と問屋街が一体だった日本橋の姿が立ち上がるはずです。見えない川を、町名から読む感覚が大切です。

日本橋トピック♪買物案内にも見える、堀留町周辺の問屋の厚み

中央区公式は、1824年(文政7年)の『江戸買物独案内』にも触れながら、堀留町周辺に多くの問屋が軒を連ねたことを紹介しています。水路があったから問屋が集まり、問屋が集まったから町の名が残る。堀留川を読む面白さは、この連鎖にあります。買物案内は、当時の商いの密度を映す資料でもあります。

堀留川に関するよくある質問

堀留川は1本の川として残っていますか?
このページでは、中央区公式で確認できる西堀留川と東堀留川の2本の旧入堀をまとめて理解する用語として扱っています。現存河川として案内するものではありません。
堀留川を知ると、町名の見方はどう変わりますか?
日本橋堀留町という名を、単なる住所ではなく、堀や荷揚げの記憶を含む地名として見られるようになります。

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