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向井将監とは

向井将監とは、江戸幕府で船手を担った向井家に受け継がれた名乗りです。中央区の海運橋親柱の解説では、橋の東詰に屋敷を構え、幕府の船を預かり江戸湾を巡視した船手頭として登場します。

呼称の性格:「向井将監」は一人だけの固有名ではなく、資料には向井将監忠勝・向井将監正方など別世代の人物が現れます。

海運橋の旧名に残った向井家の屋敷

楓川に架かっていた海運橋は、絵図に「将監橋」「海賊橋」とも記されました。旧橋名は、東詰にあった向井将監の屋敷の記憶。

船手頭は、幕府の船を管理し、江戸湾を巡視する役職でした。「海賊衆」という古い呼び名も、現代の犯罪者ではなく、水軍を率いて海上交通と警備を担った集団という歴史的な文脈で読むのが大切でしょう。

横須賀市の資料には向井将監忠勝と向井将監正方が別々に登場します。複数世代の事績を一人の経歴にまとめないことが、向井将監を理解する大切な補助線。

日本橋トピック♪船手の技は「お船手泳ぎ」にも受け継がれた

向井家には、向井流水法と呼ばれる日本泳法が伝わり、「お船手泳ぎ」とも称されました。日本水泳連盟の資料では、明治期に隅田川浜町で教場が開かれたことも確認できます。船を扱う役目と泳ぎの技が、日本橋浜町の水辺にもつながっていました。

向井将監に関するよくある質問

向井将監は一人の人物名ですか?
一人だけを指す固有名ではありません。公式資料には向井将監忠勝や向井将監正方など、別世代の人物が確認できます。
向井将監と海運橋はどう関係しますか?
海運橋の東詰に向井将監の屋敷があり、橋が将監橋・海賊橋と呼ばれた由来になったとされています。

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