室町三丁分とは
室町三丁分とは、江戸時代の山王祭で加茂能人形山車を出した地域を示す、『東都歳時記』の表現です。中央区は本町三丁目裏河岸などと並べて紹介しており、現行の正式町名ではありません。
一つの町名ではなく、山車を担った地域のまとまり
加茂能人形山車は、日本橋魚市場一帯のシンボルとして山王祭に曳き出されました。「室町三丁分」は、その山車に関わった複数地域の列挙に登場します。
ただし、中央区の解説は「三丁分」が具体的にどの三町・どの境界を指すかまでは示していません。現行の日本橋室町には一丁目から四丁目があるため、現在の一〜三丁目と同じ範囲だと結び付けないのが大切です。
江戸以来の山車は関東大震災で焼失しましたが、1955年(昭和30年)に模型を基に復元されました。地域名だけでなく、魚河岸と天下祭のつながりをたどる入口になる言葉。
日本橋トピック♪7mを超える山車はどうやって城門を通った?
復元された加茂能人形山車は7mを超えますが、人形と中層を二段階で上下・収納できる構造です。江戸城の約4.4mの門を通るための工夫が、復元山車にも受け継がれています。
関連用語
室町三丁分に関するよくある質問
- 室町三丁分は現在の日本橋室町一〜三丁目と同じ範囲ですか?
- 同じ範囲とは確認できません。中央区の解説は史料中の表現を紹介していますが、具体的な三町や現行町名との境界対応までは示していません。
- 室町三丁分はどの史料に登場しますか?
- 江戸の年中行事などを記した『東都歳時記』に登場します。加茂能人形山車を出した日本橋魚市場一帯の地域として記されています。

