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鈴木清一とは

鈴木清一とは、内務省復興局の技師として、清洲橋の上部構造の設計を主に担当した橋梁技術者です。読みは「すずきせいいち」。日本橋中洲と江東区清澄を結ぶ清洲橋は、関東大震災後の復興事業で1928年(昭和3年)に完成しました。

橋を吊る仕組みを具体化した

清洲橋の設計・施工方針を定めたのは、復興局土木部長の太田圓三と橋梁課長の田中豊です。鈴木はその方針に基づき、橋桁や吊材などからなる上部構造の設計を主に担いました。方針を決めた二人と、構造を具体化した鈴木。役割を分けて捉えると、復興橋梁が組織的な仕事だったことが見えてくるでしょう。

清洲橋の曲線を支える構造

清洲橋は、吊材に一般的な鋼線ケーブルではなく、鋼板をピンでつないだアイバーチェーンを用いる自碇式補剛吊橋です。チェーンの張力を橋桁の両端でつり合わせる仕組みで、橋長は186.2メートル。震災復興橋梁図面と現存する橋を重ねて見ると、鈴木が担った上部構造と、清洲橋のやわらかな曲線美とのつながりが見えてきます。

日本橋トピック♪清洲橋を吊るのはワイヤーではなく「鎖」

清洲橋の主な吊材は、細い鋼線を束ねたケーブルではありません。細長い鋼板の両端をピンでつなぎ、鎖のように連ねたアイバーチェーンです。大きな部材の連なりが、そのまま橋のしなやかな輪郭をつくります。構造と外観が切り離されていないことを実感できる見どころです。

鈴木清一に関するよくある質問

清洲橋はいつ国の重要文化財になりましたか?
2007年6月18日に重要文化財に指定されました。文化庁の国指定文化財等データベースでは、永代橋と勝鬨橋も同日に指定されています。
清洲橋の施工を中心となって進めた人物は誰ですか?
文化庁の国指定文化財等データベースは、工事を中心となって進めた人物として、復興局技師の釘宮磐を挙げています。

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