新和泉町とは
新和泉町とは、元吉原が浅草へ移った後、その跡地に成立した日本橋の歴史的な町名です。読みは「しんいずみちょう」。現行住所では日本橋人形町三丁目に対応し、末廣神社の氏子町の一つとして記録されています。
元吉原の跡地に生まれた町
江戸初期の吉原は、日本橋人形町二・三丁目や日本橋富沢町の一部にまたがる地域にありました。1657年(明暦3年)の大火後に浅草へ移転し、跡地には難波町・高砂町・住吉町・新和泉町などが成立したと中央区の資料は伝えます。
新和泉町は元吉原の別名ではなく、移転後の跡地にできた町の一つ。現行の地図では町名が見えなくても、末廣神社や元吉原の来歴と照らせば場所の記憶をたどれるでしょう。旧町名は、街の用途が大きく変わった節目を示す手掛かりです。
日本橋トピック♪約180年にわたる氏子町の記録
中央区民有形文化財の「末廣神社所蔵文書」は、1748年から1926年までの19点。神社の由緒だけでなく祭礼や造営に関わる記録も含み、江戸中期から大正期までの氏子町の実情を伝えます。
関連用語
新和泉町に関するよくある質問
- 末廣神社は現在、新和泉町の旧町域にありますか?
- 同じ範囲とはみなせません。末廣神社は現在の日本橋人形町二丁目に鎮座し、新和泉町の出典住所は日本橋人形町三丁目です。氏子町と神社の現所在地は分けて捉える必要があります。
- 新和泉町という町名の由来は分かっていますか?
- 中央区公式資料と歴史地名データでは、命名の由来までは示されていません。「和泉」の意味を推測で断定せず、歴史的町名として扱うのが適切です。

